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東京高等裁判所 昭和35年(ネ)1390号 判決

千葉相互銀行

事実

被控訴人(一審原告、勝訴)二葉靖は請求原因として、本件不動産は被控訴人の所有であるところ、右不動産には控訴人千葉相互銀行のため昭和二十七年五月十日の根抵当権設定契約に基く根抵当権設定登記がなされている。しかしながら、被控訴人は控訴銀行との間に右根抵当権設定契約をなしたことはなく、又その設定登記をなすことを承諾したこともない。しかるに控訴銀行はその根抵当権の存在を主張し、その実行の手続中であるから、被控訴人は控訴人に対し、右根抵当権不存在の確認並びに右根抵当権設定登記の抹消登記手続を求める、と主張した。

控訴人株式会社千葉相互銀行は抗弁として、本件不動産について被控訴人、控訴人間になされた前記根抵当権設定契約及びその登記は、被控訴人の代理人訴外二葉正之助と控訴人との間になされたものである。

仮りに訴外二葉正之助に被控訴人を代理して右契約をなす権限がなかつたとしても、被控訴人は義兄である訴外二葉正之助に対し、本件不動産の登記済権利書及び実印を占有せしめていたものであるが、このように、実印及び不動産の登記済権利書を他人に占有せしめたものは、これに対してその不動産に関する何らかの代理権を与えた旨を第三者に表示したものにほかならないから、民法第百九条により、被控訴人は右正之助と控訴人間になされた本件根抵当権等の設定契約については本人としての責任を負わなければならない。

また、控訴人が正之助に代理権があるものと信じたことについて過失はない。すなわち、昭和二十七年五月頃被控訴人は既に仙台市に転居して不在であり、同人の勤務先である鉄鉱ビル内の訴外同和鉱業株式会社について調査することは不可能であつたから、控訴人がその調査をしなかつたことについて過失はない。殊に俸給生活者はその勤務先に金銭貸借、抵当権の設定等のことが知れれば、その信用を失墜する風習のあることを併せ考えれば、控訴人に何ら咎むべきものはない。

また、仮りに右表見代理による主張が認められないとしても、被控訴人は昭和三十一年十二月二十七日根抵当物件の一部を解除して訴外柴田義光に売却しその代金の一部七万円を控訴人に対し弁済したから、民法第百二十五条第一号によつて二葉正之助の右無権代理行為を追認したものと見做される。よつて前記根抵当権設定契約は有効であり、従つて被控訴人の主張は理由がない、と抗争した。

理由

本件不動産が被控訴人の所有であつて、右不動産について昭和二十七年五月十四日受附をもつて債権者を控訴人、債務者を訴外二葉正之助、担保提供者を被控訴人とし、債権の元本限度額を二百万円とする根抵当権設定登記手続がなされていることは当事者間に争がない。

控訴人は、上記登記の原因である抵当権設定契約は昭和二十七年五月十日、被控訴人の代理人二葉正之助と控訴人との間になされたものであると主張するけれども、被控訴人が二葉正之助に対し本件不動産について右根抵当権設定契約締結の代理権を与えた事実を認め得る証拠はない。却つて、証拠を綜合すると、二葉正之助は被控訴人の義兄で繊維関係の仲介業をしていたものであるが、昭和二十七年五月十日控訴人から右営業の資金として金二百万円の貸付を受けるに当つて、被控訴人の承諾を受けずに当時正之助方で保管していた被控訴人の実印を使用し、被控訴人の名義で本件不動産に上記根抵当権を設定したものであることが認められる。

控訴人は、被控訴人は二葉正之助に対し本件不動産の登記済権利書及び実印を占有せしめたものであるから、本件不動産の処分に関する代理権を与えた旨を第三者に表示したものであつて、民法第百九条により右正之助のなした本件根抵当権設定契約につきその責を負わなければならないと主張するので判断するのに、民法第百九条によつて本人が責任を負うためには、第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示することを要件とするのであつて、二葉正之助が被控訴人の実印及び本件不動産の登記済権利書を占有するに至つたのは後記認定の理由に基くものであるから、右占有の事実があるとしても、それだけでは直ちに被控訴人が第三者に対し右正之助に本件不動産に関し代理権を与えた旨を表示したことにはならないから、控訴人の右主張は理由がない。

次に控訴人は、被控訴人は二葉正之助に対し本件不動産の権利書及び実印を託し、右不動産の賃貸、賃料の取立並びに納税をなさしめる等その管理の権限を与えていた。そして、本件根抵当権の設定に当つても、正之助は被控訴人の実印及び権利書を所持し、代理権限がある旨を述べたので、控訴人は右正之助に右設定契約締結の代理権があるものと信じたのであつて、且つそう信ずるについて正当の事由があるから、被控訴人は民法第百十条によりその責を負うべきであると主張するので判断する。

証拠を綜合すると次の事実を認めることができる。すなわち、被控訴人は祖父二葉喜太郎所有の本件不動産を含む財産を相続し、東京都葛飾区金町に居住して同和鉱業株式会社に勤務していた。二葉正之助は被控訴人の実姉操枝の婿養子で上記金町の家に被控訴人と同居しており、被控訴人の在学中及び昭和二十三年軍隊から復員するまでの間は、被控訴人の実印及び不動産の権利書等を保管して、不動産の賃貸、賃料の取立並びに納税等、被控訴人所有の財産を管理していた。そして昭和二十七年五月頃被控訴人が仙台市に転勤して不在の間も、右と同様に被控訴人を代理して財産の管理を行なつていた。

以上のとおり認められるから、二葉正之助は本件不動産について、右認定のような代理権は有していたものといわなければならない。

ところで、証拠によると、本件根抵当権設定契約は二葉正之助と控訴人との間に行なわれたものであるが、控訴銀行の取扱としては、債務者と担保提供者が別人である場合には、直接担保提供者本人についてその了解を得るのが通例であつたところ、本件契約を担当した控訴銀行の係員伊藤勝重は二葉正之助が被控訴人の実印及び本件不動産の権利書を所持していて、被控訴人の承諾を得ている旨を言明し、かたがた控訴人の大株主である訴外金子和助の紹介もあつたので、被控訴人に対し直接書面でその意思を確かめる方法すらとらずに、たやすく正之助が被控訴人の代理権を有するものと信じて本件根抵当権設定契約を締結したものであることが認められる。

本件のように、主債務者と担保物件の所有者が別人であり、しかも多量の不動産について、主債務者がその所有者に代つて根抵当権を設定し、しかもその金額も極度額金二百万円という相当多額な場合には、特に金融業者としては物件の所有者について直接、それができない場合にでも、少くとも主債務者以外の第三者を通じてでもその真意を確かめることは当然の義務であり、控訴人も通常そのような処置をとつていることは上記認定のとおりである。しかも、控訴人の機構をもつてすれば、被控訴人の勤務する同和鉱業株式会社若しくは被控訴人の仙台市の住居先について直接、少くとも手紙によつて被控訴人の意思を確かめる方法を容易に採ることができたのにもかかわらず、何らこのような本人の真意を確かめる処置を採らなかつたことは、控訴人として通常用うべき注意を欠き、正之助に代理権があるものと信ずるについて過失があつたものと認めるのほかはなく、正之助が被控訴人の実印及び本件不動産の権利書を所持していた事実があるとしても、また控訴人に右正之助が本件根抵当権設定契約について被控訴人の代理権があるものと信じたことについて正当の事由があるものと解することはできない。

次に控訴人は、被控訴人は昭和三十一年十二月二七日、本件根抵当物件の一部につき根抵当権設定契約を解除して、これを訴外柴田義兄に売却し、その代金中七万円を控訴人に弁済したから、民法第百二十五条第一号によつて、二葉正之助の無権代理行為を追認したものと見做される、と主張するので判断するのに、民法第百二十五条は取り消し得べき行為の追認に関する規定であつて、これと性質、効力を異にする無権代理行為の追認にそのまま適用することができないばかりではなく、証拠によると、本件根抵当物件の一部である葛飾区金町三丁目千九百三十一番四宅地七十二坪八合六勺(同番の一より分筆)についてはその賃借人である柴田義光から買受けの希望があつたので、被控訴人は昭和三十一年十二月二十七日右土地を同訴外人に売り渡したこと、及び右土地は本件根抵当物件の一部であるため、二葉正之助は右土地を何の負担もない状態で売り渡す必要上、やむなくその売却代金中から金七万円を被担保債務の一部弁済に充当し、被控訴人も上記土地売却の必要上、右一部弁済に充当することだけは止むを得ないものとして了解したことが認められる。しかしながら、右認定の事実だけでは、未だ被控訴人が正之助の無権代理行為を追認したものと見做すことはできないし、他に被控訴人が本件根抵当権設定契約を追認する意図をもつて上記弁済をなし、若しくはこれを承諾した事実を認めるに足る証拠はない。

よつて被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当で、本件控訴は理由がない。

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